高橋尚子さん
引退声明を聞いて、色々言う人もおろうかと思う。
私も結婚前は少しの間だけだけど、当時在籍していた会社のマラソンチームに所属していたことがあるのだが、ちょうど当時高橋さんがシドニーオリンピックで金メダルを清々しく取っていた時であった。
マラソンと言っても、もっぱら走るのは10K。正式にいえばマラソンではなく、10K走なのだが、その10Kを走るのがまず大変。
10K走でも、1時間が目安になってくる。
勿論、もっと早い人は早いのだが、もともと熱心なランナーとは言い難い私には1時間以内に入ればいいか、という思いがあった。
その4倍以上を2時間ちょっとで走っちゃう、プロのランナーはすごすぎる。
短いランナー人生の中で、2回ほどハーフにチャレンジしたが、本気で2回とも死にそうになった。危うくタイムオーバー(ある程度の時間を超えるとタイムを記録してくれなくなる)になるところでした。
そしてハーフを走ると翌日誰もがうちのチームはロボコップ状態に・・・(普通に歩いたり、階段の歩行が困難になる)
10Kでも、事前にある程度身体をならしておかないと走り切れないので、たいていレースの前は土日練習した。
当時、要町付近に住んでいた私は、池袋駅から要町、その周辺の駅まで走りこんだものだ。
しかし、記録はそんなに伸びずに終わってしまった・・
出産してから一度だけ走ったが、1時間切るのがやっと。
つまり、走るのって大変だということがわかった。
話は高橋選手に戻るが、そんなしにそうになりそうなマラソンを、軽々と走り、「とっても楽しい42Kでした!」とすぐにさらっと笑って話せる彼女は今でも凄いと思う。
最近は途中でリタイアしたり、記録が伸びないことに厳しい意見は飛んでいたが、走るというのはとてもとても身体を賭けることであると思う。
楽しいという気持ちも分かる。
ランナーズハイは10Kやハーフではとても出ないそうだが、走った後はやみつきになるのがマラソン。爽快感があり、走った後の一杯は何物にも代えがたい。チームがあるとなおさら、一体感があってよかった。(選手たちの楽しさとは違うか・・)
しかし、走り続けてきた人生、栄光の後の挫折、自分の言葉で動くマスコミや世間からの逆風。彼女はその存在感の大きさゆえにいろんなものを受け止めなければいけなかったと思う。
ただ走るだけ、なのにここまで大勢に影響を与えられる人だったんだなあと思う。
実は一度だけ、私が参加したハーフの大会でゲストランナーで来てくれたことがある。
全然一緒に走っている自覚はないくらい、当然彼女は早かったけど、これからも市民マラソンにゲストでいいから来てほしい。一緒に走ると元気になりそうだ。
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